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2005/03/30 (Wed) 貧血だ

退院から三日経っても貧血は改善されない。

喉の痛みはまだ続いている。

日中はリハビリとして家~県立図書館を往復しているが、もうフラフラ。膝に力が入らないため屈伸運動ができない。階段の上り下りで心拍数が飛び上がる。


こりゃあ当分ダメだなぁ。

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2005/03/28 (Mon) 保険のこと

退院して早々に、入院費用の保険金を受け取るため郵便局へ行った。

簡易保険の受付で身分証明書と戸籍抄本を提示する。すると2,30分程度ですぐに明細と現金を渡してくれた。


今回のケースは

手術内容・口蓋扁桃摘出
入院日数17日

入院日数が四日以内であれば保険は適用されないが、それ以降は一日一万円が支給される。しかし、口蓋扁桃の手術に関しては保険適用外なので0円

計117,000円が支給された。

これに自分の12万を足せばちょうどチャラになる。よかった。

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2005/03/27 (Sun) 退院

3/27

起床してすぐに体温と酸素を計測する。どちらとも異常なし。なんとか退院できそうだ。

朝食を済ませて耳鼻科の先生に傷口をみてもらう。こちらも異常なし。

10時頃に母親が来て退院の手続きをする。自分はフラフラでまともに動くことができなかったのでずっと座ったままだった。


結局、手術・入院にかかった費用は23万円。
当初よりもかなり高額になってしまったが、二回も手術したのだから仕方ない。


お世話になった看護婦さんに挨拶をして、無事退院した。

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2005/03/27 (Sun) 再術後七日目

3/26

朝食を済ませた後、意外な見舞客が訪れた。

昨日名古屋で大学の卒業式を終えた友人がその足でレンタカーを借りてわざわざ岡山まで来てくれたのだ。

しばし談笑し、写真撮影をした。


午後は微熱が出るも、至って健康。

明日はいよいよ退院だ。

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2005/03/27 (Sun) 再術後六日目

3/25

今朝、やっと点滴を抜いてもらった。喘息も治まり、熱もなかったので、久々に院内を散策する。

ところが10日以上もまともに動いていなかったため、両足がつりまくった。血圧も低いため、すぐにフラフラになって病室に戻る。体重はおよそ5キロ減った。太股などはすっかり細くなってしまっている。


今日は大学の卒業式があった。みんな、卒業おめでとう。

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2005/03/27 (Sun) 再術後五日目

3/24

一日中、止血と抗生剤と肺拡張の点滴を続けているため、あまり身動きがとれない。食事が流動から三分粥・五分粥・七分粥と上がるごとに食欲も増してゆく。体調は良い。

19日の早朝にずっと付き添ってくれていた看護婦さんが様子を見に来てくれた。自分の回復ぶりに大変喜んでくれて、こちらも本当にうれしかった。感謝しています。

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2005/03/27 (Sun) 再術後四日目

3/23

一夜明け喘息も多少治まるが、酸素チューブは付けたままだ。酸素濃度は極めて低い。常に胸がバクバク鳴っている。少し体を動かすだけで動悸が起こる。血が少なくなったせいだろう。

午前中に母親が来て10日ぶりくらいに髪を洗ってもらう。スッキリ。

食事はとれた。食欲もある。

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2005/03/27 (Sun) 再術後三日目

3/22

最悪。重度の発作が起こってしまった。息ができない、苦しい。熱も激しい。動けない。

午後、兄貴夫婦が見舞いに来る。しかしまともにしゃべれない。
終日ベッド上安静。

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2005/03/27 (Sun) 再術後二日目

3/21

目覚める。時間感覚が分からない。今日は月曜日か。

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2005/03/27 (Sun) 再術後一日目

3/20

まともに眠れないまま朝を迎える。
食事は再び流動食に戻ったが、全く食べる気がしない。水を飲むだけで喉が焼かれる。

手鏡で喉の患部を見てみた。異常だ。口蓋垂(のどちんこ)と周りの肉が縫いつけられている。喉の上半分が塞がっている状態。こんなんで物が飲み込めるか、と一人で突っ込んだ。

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2005/03/27 (Sun) 地獄

3/19 午後

ベッドの上で両足をばたつかせている。周りの看護婦さんがそれを必至に押さえつけている。

気がついた時はそうしていたと思う。とにかく、暴れていたのだ。尋常じゃない喉の痛みに暴れざるをえなかった。


主治医の先生が手術の説明をしてくれた。

「とにかくキツく縫っておいたから、痛いはずだよ」

筋肉注射を打たれると徐々に痛みが麻痺してやっと落ち着いた。



その日のことはあまり記憶がない。痛かったということくらいしか。

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2005/03/27 (Sun) まさかの再手術

3/19

午前2時頃、ふいに目が覚めた。口の中に何かが溜まってる。病室を出て洗面所で口の中の物を吐き出した。


出てきた異物を見て驚愕した。そこには真っ赤なペンキをぶちまけたような鮮血がまき散らされていたのだ。

無意識のうちに咳をしたときに、傷口が開いたらしい。

口元を押さえたまま、あわててナースステーションに飛び込み、看護婦さんを連れてくる。その間も止まることなくダラダラと鮮血が自分の口から流れてくる。恐ろしい光景だった。

看護婦さんから「あまり強く吐き出さないように」と言われたが、口の中では既に血が固まり、気道をふさぎつつある。耐えられなくなって大きな咳をすると、赤黒い血塊がドボっと出た。それが繰り返される。


数十分するとなんとか血流は収まり、落ち着きを取り戻す。看護婦さんに付き添われて部屋に戻ると、眠った。


・・・


しばらくして再び怒濤の血流におそわれた。ナースコールをして、ひたすらバケツに血を吐き出す。呼吸が苦しい。

看護婦さんに
「今、先生に連絡したから。すぐに来てくれるから頑張ってね」
と励まされる。


ほどなくして主治医の先生が私服姿で駆けつけてくれた。傷口を診てもらい「退院は少し遅れるね」と声をかけられた。深夜4時。こんな時間に来てもらって申し訳ないと思いつつ、再び眠りにつく。



・・・


朝方、三度目の血流が吹き出した。いよいよ勢いを増し、止まる気配がない。何時間も血を吐き続けていたせいで自分の体力は限界に達し、貧血を起こして意識はもうろうとしている。それでも流れ出す血流。もう自分の力で吐き出せない。ずっと寄り添ってくれていた看護婦さんもさすがに動揺を隠せないでいる。白衣は血まみれだ。


このまま死ぬのか。


本気でそう思った。



俄に周りが慌ただしくなり、自分の体が担架に移されて搬送された。ぼんやりと目を開いていた先に両親の顔が映る。酸素マスクをつけられて意識を失った。



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2005/03/27 (Sun) 術後四日目

3/18

朝から喉に猛烈な痛みが走る。ティッシュに唾を吐き出すと真っ赤な血が付着していた。やっと止血したと思った矢先の出来事で、心が折れそうになる。

こういう時に座薬が使えないのは堪らない。強硬手段として筋肉注射という、激しく痛い注射を尻に打ってもらった。肉を切らせて骨を断つ。尋常じゃない。

それでも喉の痛みは治まらず、そのうえまたもや喘息が肺の浸食をはじめた。とにかく耐えるしかない。じっと我慢。



午後になると一転して喉の痛みは治まり、呼吸も楽になった。薬と抗生剤と筋肉注射の効果だろうか。とにかく元気を取り戻し、食事もとれた。

夜は初めて自販機でジュースを買って飲んだ。徐々に回復しつつある。

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2005/03/27 (Sun) 術後三日目

3/17

朝方に熱が出たが、午後から大分体調が良くなった。喉の痛みも若干治まり、食事もなんとか喉を通るようになる。

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2005/03/27 (Sun) 術後二日目

3/16

午前中、手術を担当してくれた主治医の先生が病室を訪れた。経過を見てもらうと

「傷口はふさがりつつあるが、まだ痛みは伴うよ」

と告げられる。

本来なら痛み止めとして座薬を処方するのが一般的なのだが、自分の場合は酷い喘息持ちなので、危険を避けるために使わないそうなのだ。うらめしや、喘息。


喘息は突然やってくる。ふいに胸がヒューヒューゼロゼロとなり始めると、それは喉にタンが溜まっているサインだ。これを吐き出さないことには窒息してしまう。しかし一気に咳をして吐き出せば傷口が広がり、大量の血タンとなる。慎重に、静かに、絞り出すようにしてタンを吐き出す。ツラい。

こんなことがいつまで続くのか。

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2005/03/27 (Sun) 術後一日目

3/15

38℃の高熱が出る。相変わらず喉は痛い。今朝から流動食(重湯とみそ汁)が出されたが、到底飲み込む気になれなかった。とにかく 飲み込む 吐き出す という行為が地獄の痛みを伴うのだ。


それにしても口と舌が痛い。手術中に口を器具で全開していたため、両側がかなり裂けている。口腔内や舌にもひどい傷が残っていて、しみる。

先生曰く「君の口が小さかった」


結局この日は昼食も夕食もほとんど口にしなかった。

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2005/03/27 (Sun) 手術

3/14

前夜はあまり眠れず、朝六時に起床。七時前に看護婦さんが来て体温と血圧を測る。

午後から点滴。手術までベッドでじっと待つ。


15時過ぎ、看護婦さんが呼びに来た。手術用の病衣に着替え、部屋を出る。オペ室の階でエレベーターの扉が開くと、そこには病棟と一変していくつもの手術室が並んだ衛生的な空間が広がっていた。青い病衣を羽織ったお医者さんが何人も行き交っている。

ある部屋に案内されると、ベッドに横になるよう指示される。腕に何度か注射をされ、胸に心電図を付けられた。傍らで手術看護士の方が「これで痛いのは終わりですよ」という言葉と共に、自分の口にマスクを被せた。はじめは普通に意識を保っていたが、徐々に体の感覚が薄れてゆき、目を開けることもままならなくなる。この感覚。これが麻酔。


・・・


主治医の先生の声で目が覚めた。

「大きいのがとれましたよ、ホラ」

なにやらビンの中に赤い物体がぼんやりと映っていたのは分かったが、すぐに意識がなくなった。


再び意識を取り戻したのは病室のベッド上。家族が自分の顔をのぞき込んでいる。なんとなく嫌だったので早く帰るよう促した。


その日の晩、激しく喉が痛かった。傷口から流れてくる血をティッシュに吐くという作業を延々と繰り返したのだが、吐き出す度に体が反り返るほどの痛みを伴うのだ。鼻から酸素のチューブを入れているため、余計に呼吸がしづらい。鼻にも血が逆流し、固まる。とにかく呼吸が苦しい。

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2005/03/27 (Sun) 入院

3/11

午後に病院で受付を済ませ、病棟へ。看護婦さん、主治医、麻酔医師から手術に関する諸々の説明を受ける。

手術は三日後の予定なので、明日は一日外泊ができる。病室に戻るのは13日の夜だ。

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2005/03/27 (Sun) かりゆしの船出 vol.7 ちむぢゅらさ いちまでぃん

沖縄旅行最終日、昨晩から続いたポーカー大会の影響でまたまた寝過ごしてしまう。

慌てて支度を済ませて向かった先は、沖縄随一の名所・首里城。傾斜の激しい坂道には何カ所も駐車スペースが設けられており(中には民家がそのまま土地を貸しているところもあった)所狭しとレンタカーがひしめき合っている。その中の一つに車を止めて、首里城までの道を歩く。

途中、観光客狙いのタクシードライバーが、車から「乗ってく?」と声をかけてきた。本土ではあり得ない光景である。お誘いは有り難かったが、やんわりとご遠慮して先を行く。

そして一行はいよいよ首里城の門をくぐる。いきなりお出迎えしてくれた紅型の美女とカワイイ猫ちゃんから祝福された。

入り口で入場券を購入し、いよいよ本丸へ、と気持ちを高ぶらせた矢先に全面改装中というカウンターパンチを食らう。これじゃあ景観が台無しでしょう。

渋々、本殿内部へと進入。中は結構狭く、順路に従って歩くというだけの流れ作業的な観光であったが、王朝時代の儀式を模したフィギュアや、沖縄で開催されたサミットの写真等が飾られていた。

本殿を一周して外へ出ると時計は既に午後12時を回っている。14時までにレンタカーを帰さなければならないため、観光も早々に急いでレンタ営業所へ行く。

営業所から送迎バスで空港まで送ってもらい、港内で昼食。ついでにお土産も購入。荷物を預けた後は免税店にも入った。愛する彼女のいるミツ氏とdotama氏はここで熱心にプレゼントを物色していたが、自分には全く興味のない代物ばかりだったのですぐに店内から出る。すぐにトモが暇そうに出てきた。男二人並んで座っている。嫌な絵だ。


PM4:30
沖縄発~関空行きの飛行機は無事に飛び立った。機内の様子は至って平凡だったので割愛。

2時間後、関空に降り立ちリムジンバスでなんばOCATへ。大阪は大雨でとても寒かった。なんばに着いたらみんなで晩飯を食おうと考えていたが、時間の関係で諦めざるをえなかった。

dotama氏を先に見送り、残った三人で道頓堀の「たこ八」という店で晩飯を食す。

再び高速バス乗り場に戻り、ミツ氏、トモに別れを告げて一人バスに乗り込んだ。慌ただしい最終日であったが、4人で沖縄に行ったという記憶はかけがえのない思い出になる。


みんなありがとう。 またいつか旅行しようね。


~おわり~

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2005/03/27 (Sun) 帰還

本日の午前、フラフラの状態で退院。

闘病記は追って綴ります。

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2005/03/11 (Fri) タイムリミット

沖縄旅行記四日目を残してとうとう入院日がきてしまいました。

最後まで書き終えることができないまましばしの休養に突入するのは心許ないですが、なんとか無事に退院して、入院記と共にアップしていきます。

しばらくの間、更新もコメントもできませんが、よろしくお願いします。


それではチャオ!!!!!!!!

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2005/03/10 (Thu) かりゆしの船出 vol.6 ティンクル唄者

平和記念公園から那覇市内に向かい、国際通りで土産物を物色する。自分は琉球ガラスのコップを二つ購入しただけであったが、dotama氏は気合いを入れて店内のあらゆる物をカゴに詰め込んでいた。

夕方になって急に雨が降り出すが、ナビを頼りに北谷・美浜へと車を走らせる。しかしいきなりの渋滞。昨日もそうだったが、この時間は全然車が動かない。次第に辺りは暗くなり、ナビの到着予定時間も徐々にずれてゆく。
どこまで続くか分からない渋滞に一抹の不安を覚えたものの、なんとかそこから抜け出し、午後8時ジャストにレストラン「カラハーイ」に到着した。

開演までにはまだ30分ほど時間があったが、一足先に店内に入る。すると一階のテーブルは何故か満席。俺たちは一階席を予約してるし、今は休憩中のはずなんだけど・・・。
仕方なく二階のテーブルで待っていると一階を埋め尽くした観客達から盛大なアンコールが巻き起こった。しばらくして舞台袖からティンクティンクの二人が登場。

おいおい! いきなりネタバレですか!?

一瞬映画のラストシーンを最初に見てしまったかのような喪失感に襲われたが、ティンクの舞台あいさつで事情が飲み込めた。どうやら一階に陣取っている集団は修学旅行生だったそうで、彼らのために特別にアンコールに答えたらしい。
披露された曲はメジャーデビュー曲「大切な人」

アンコール曲が終わり、再びティンクの二人が舞台袖に引き上げると、ようやく一階席の修学旅行生がゾロゾロと退場してゆく。われら一行は一階席に移動し、舞台が目の前にあるテーブルに着く。そこから改めて店内を見渡してみると結構狭い。それだけにアーティストとの距離が間近なので臨場感ありあり。

舞台のスクリーンに流れるティンクのプロモを眺めつつ皆と雑談しながら開演時間を待つ。
飲み物と前菜が運ばれてきた頃、いよいよティンクの二人が登場した。今度こそショータイムスタート!

オープニングで二曲を歌ったあと、ティンクの二人が観客に向かって話しかけてきた。ひとしきり客席中央にいたカップルとのやりとりで盛り上がったあと、なんとこちらにも質問を投げかけてくれたのだ。

テ「私たちのことをどこで知ったの?」
俺「じ、自分で調べましghtふじこ!」
テ「わぁすごい!ありがとーねー」
俺「でへへ~」

こんな感じだ。とっても感激した。今後彼女たちが大物になったら絶対自慢できる!イェーイ!
しかしそこはプロ。彼女たちはカラハーイで7年間もライブをやっているのだ。コミュニケーション能力が達者なのもうなずける。
彼女らのマイクパフォーマンスに笑い、ヒスヒスカルカルという曲では事前に教えてもらった振り付けと共に、観客一体となって歌った。

いつまでも美しい歌声を聴いていたかったが、時が経つのは早い。ライブ自体も一時間弱だったので仕方なかったのだが、いい思い出が出来ました。


そうそう、3月13日(日曜日)NHK教育テレビで17:00~17:55に放送予定の「あつまれ!わんパーク・夢りんりん丸」にティンクティンクが出演するそうですよ!この機会にぜひ彼女たちの歌声を聞いてください!

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2005/03/10 (Thu) かりゆしの船出 vol.5 鎮魂華

【3月2日】

午前中にホテルを出発し、島の南部・玉城村(たまぐすくそん)にある「おきなわワールド」へ向かう。沖縄観光のすべてが体験できるとあって、黒糖工場、藍染め、琉球ガラスの制作過程等を間近で見物できる。

一行はまず玉泉洞というの鍾乳洞に入った。洞窟の中はジットリしているという擬態語がピッタリの生暖かい空間で、長い年月を経て形成された鍾乳石が妖しい姿を晒している。ただ、狭いスロープに大勢の観光客が詰まっていたために、誰かが立ち止まると動脈硬化を起こすおそれがあったのでゆっくりと見物することができなかった。
観光洞としては約900mだが、全長はなんと5kmもあるらしい。いわゆる裏ダンジョン。ぼっけーつえー敵がぎょーさんおる。

DSC00341.jpg



鍾乳洞を抜けて道なりに進むと熱帯フルーツ園~伝統工芸の展示・お土産コーナーと、途切れることなく地元の名産品が堪能できる。
いくつかの土産処を抜けると開けた場所に出た。そこがエイサー広場。ここで披露されたのはスーパーエイサーと称される、元来のエイサーにアレンジを加えたアクロバティックな舞踊で、太鼓を力強く叩きながら跳躍する演者たちの気迫がすさまじかった。ショーの中盤に登場した獅子舞も本当に生きているかのような迫力。
そして最後はお決まりのカチャーシー。ホテルでのカチャーシーには恥ずかしさもあって参加できなかったが、今回は人数も多いし、意を決してみつ氏と共に舞台に乱入。やっぱり恥ずかしかったが、なんか気持ちよかった。

ショーが終わった後は順路を遡り、道中で聞こえてきた鳥の鳴き声に引き寄せられて横笛が並ぶ一軒家に立ち寄る。鳥の声の正体は海笛と呼ばれる楽器で、興味深かったのとお兄さんがいい人だったので迷わず購入した。

最後に入ったのはこれまた県下最大といわれるお土産商店街で、シャツやら楽器やらなんやらがとにかくいっぱいあった。自分は何も買わなかったのだが、今となってはそこでティンクティンクのデビューアルバムを買わなかったことを激しく後悔している。

おきなわワールドを満喫した後は車でさらに南下し、摩文仁にある平和の礎を訪れた。ここは自分がどうしても行きたいとメンバーにごねた場所である。というのも、自分の祖母の弟さんが戦時中、学徒動員で沖縄に派兵させられ特攻部隊として命を落とした経緯があり、平和の礎にはそうした戦死者の名前を軍人・民間人・国籍の区別なく石碑に刻んで残してあるため、家族の要望でぜひその名前を確認してきてくれと頼まれていたからだ。

駐車場から園内に進む途中、数人の押し売りエアリス達からお供え用の花を300円でありがたく頂戴し、石碑の建立されている場所へ向かった。名前を探すのに苦労すると思ったが県ごとに区別されていたため、難なく探し出すことができた。花を供え、祈る。

広場の先には断崖絶壁の海が見える。荒々しい波と黒くうねる海。終戦間際、米軍に捕まれば拷問を受けるという日本軍の勝手な吹聴によって、ここで多くの人々が身を投げたという。なんということを。

DSC00360.jpg



平和祈念公園を出る間際に廃屋のようなレストランで花の3倍もする焼き肉定食を食す。店内にいた客は我ら一行のみ。店員の連れ子であろう小さな男の子と女の子がはしゃぎ回っていたが、その間無言で箸を進めるメンバー。なんなんだこれは(上戸彩風)


次回は今沖縄旅行のメインイベント、カラハーイでのティンクティンク・ディナーショウレポート。よかったよぉ! でも撮影は一切してません・・・残念。



DSC00352.jpg

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2005/03/09 (Wed) かりゆしの船出 vol.4 ちゅら海ちゅら空

【3月1日】

みつ氏の呼び声で目を覚ました。時刻は正午。みつ氏にベランダへ出るよう促され、眠い目を擦りながら窓際まで歩いた視線の先に、これまで見てきた中で最も美しい海と空が広がっていた。この部屋は五階にあるため、天気の良い日はこうして素晴らしい景観を味わうことができたのだ。おかげでパッチリと目が覚める。

二日目は気持ち良いくらいの快晴で風も心地よい。ドライブがてらにA&Wというアメリカンスタイルのファーストフードレストランに立ち寄る。この店の存在は沖縄で初めて知ったのだが、県内どこを走っていてもA&Wの看板が見受けられたので地元での知名度は相当高いのだろう。ポテトの形が螺旋状に絡まっていて面白かったのと、ルートビアという薬味の入った甘いコーラみたいな感じの飲み物が個人的には気に入った。
各々セットメニューをテイクアウトして、見晴らしの良い場所まで車で移動し昼食をとる。このスポットがまた絶景で、満腹の一行は和やかムードでだるまさんが転んだをプレイ。何をやっていても楽しい気分にさせてくれる空間であった。

北に車を走らせること小一時間、本部町にある『海洋博公園・沖縄美ら海水族館』に到着する。しばらく園内を散策したのだが、とにかく広い。見物客を乗せて行き来するカーゴを何度も目にした。俺たちは若いから歩く。頑張れ!
まずは水槽のイルカを見学する。イルカって間近で見ると結構怖い目してるんだね。時折聞こえてくるイルカのテレパシーにつられて水槽の中に引き込まれそうになる。なんとか理性は保ったものの、呪詛が解けて怒り狂ったイルカの大津波によりみつ氏のデジカメが心停止する。君の分まで生きる!

DSC00253.jpg



その後ジュゴンやウミガメを見て回り、美しい砂浜に囲まれた海岸に出る。透き通った海水。思わず裸足になって海の中に足をつけてみる。少し冷たい。海に向かって歩いてみたが、全く水かさが増えない。底が浅いままずっと続いているような気がした。

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そしていよいよ本命の水族館へ。
入り口付近に水中生物を手で触れる体験コーナーがあり、俺は願いを込めてナマコを握った。その手でトモの背中に触った
薄暗い館内を道なりに進むと、まず目に飛び込んできたのは巨大な魚。名前がわからん。周りを泳いでいる小魚たちが綺麗な輝きを放っていてにゃんとも美しい。
深海に生息する水棲生物がいたりチンアナゴ(ニョロニョロの実写版)がいたりで自分の知らない世界を堪能する。さらにマンタ、ジョーズときて、とどめはジンベエザメ。デカい。圧倒された。

DSC00315.jpg


水族館で別世界を冒険した一行は晩餐に向けて再び車を走らせた。目的地は『あしびなー』という沖縄料理の居酒屋。国道53号で渋滞に巻き込まれながらも、なんとか店に到着する。
沖縄に来たからにはやはり沖縄の郷土料理をいただかなくては。ウチナーグチで書かれているメニュー欄から、海ブドウ、ソーミンチャンプルー、ラフテー、ミミガーなどを注文する。
そのほとんどが初めて口にする味で、個人的にはとても気に入った。特に海ブドウは沖縄に来たら絶対食べほうがいいと思う。
ある程度皿が空くと、今度は恋の話をおつまみにして濃い時間を過ごす。やっぱり男同士で飯を食ったらこの手の話は最高に盛り上がる。楽しかった。

帰り道は渋滞も消え、スムーズにホテルへ着いたものの、自分以外のメンバーは疲れのために即就寝。明日の朝は早い。自分も風呂から出るとすぐに眠りについた。


DSC00336.jpg

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2005/03/08 (Tue) かりゆしの船出 vol.3 熱風カチャーシー

フロントでチェックインの手続きをしている間に辺りを見学した。一階ロビーは中庭のような構造になっており、中央にある熱帯植物の花壇を囲むような形でコンビニや土産物のお店などが並んでいる。

DSC00421.jpg


ベルボーイに部屋まで案内されると早速内部を物色&撮影。お決まりです。しばらく休憩してから沖縄の踊りを披露するイベントを見物しに向かった。
会場はプレハブ小屋にビニールシートを張ったような簡素な作りで、開演前から宿泊客がゾロゾロと入ってくる。
司会の説明があった後、最初に登場したのは沖縄の民族衣装に身を包んだ二人組の女性。『四つ竹』と呼ばれるカスタネットのような楽器を奏でながら、ゆったりとした動きで舞を踊る。
続いて登場したのは着物姿のなんとも美しい女性。しなやかな指の動きがとても綺麗だった。
そして最後に登場したのが、なんと従業員によるエイサー太鼓だった。力強く鳴らされる太鼓、響く指笛。躍動感溢れるエイサー踊りをしっかり堪能した後は観客一体となってのカチャーシー。カチャーシーとはかき混ぜるという意味だそうで、沖縄では何かめでたい行事があると決まってコレを踊るそうです。こういうノリは大好き。
ショーの終わりには記念写真を撮っていただき、かりゆしな気分のまま浴場へ。

お湯につかって一日の疲れを癒した後は・・・そう、アレです。サウナ対決。
しかし言い出しっぺの自分がサウナの暑さに耐えきれず真っ先に出てしまう始末。脱衣所に戻ったときは半失神状態でしばらく立ち上がることができませんでした・・・。このとき「俺は沖縄で死ぬのか、そうなるとみんなに迷惑がかかるなー」などと考えながら素っ裸で座り込んでいました。
なんとか一命を取り留めたものの、今度は夢と希望の桃鉄地獄へ突入。キングボンビーに6回もハラスメント行為を受けながら、その度に井戸からはい上がって生き延びる。逆境には負けたくないんだ!!・・・わけわかんねぇ。

こうして沖縄旅行の一日目はヒスヒスカルカルと過ぎていったのでした。

DSC00219.jpg

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2005/03/07 (Mon) お便り

大学の卒業式後に有志がパーティを企画しているそうなのだが、その案内が実家に届いた。しかし裏をめくってみると、


何も書いてない。


一体、これはどういうシグナルなのだ。ただの印刷ミスか。それとも「一応ハガキは出したけど君は来なくていいからネ」という意味なのだろうか。

まぁ、いいや。

dotama氏の元にも届いたのかな・・・

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2005/03/07 (Mon) かりゆしの船出 vol.2 姫パインは何処へ?

最初に向かった場所は「パイナップルハウス」という素敵な土産処だった。
何が素敵って、土産物が食い放題。店内はパイナップルからワインまで試食という名の無法地帯と化し、もはや営業放棄といっても過言ではない。

黙々と試食用のお菓子を食べやすいサイズに切り分けている店員を尻目に、びた一文払わず皿に並んだ獲物をむさぼり食う男達。シークワァサージュースで完全に思考回路をやられてしまった他の三人は勢いでワインまで煽ってしまった。三名様アルコール入りマース。

そんなのお構いなしに俺の触手は動き続けるが、食ってるうちに「何か買わないとお家に帰してもらえないんじゃないだろうか、もしかするとこれは魔女の罠なのではないだろうか」などと段々不安になってきたので、こっそりサータアンダギー買っときました(・ω・)
しかしここまでサービスが良いなんて予想外だったため、いきなり沖縄に懐の大きさを見せつけられた気分。ありがっと~


土産物を一通り物色してから二階の軽食レストランへ移動。沖縄そば又はソーキそばにジューシーという炊き込みご飯のようなおにぎり付きのセットを各々注文した。
しかし、待てども待てども注文した物がこない。周りにお客はおらず、閑散としている。それなのに遅い。
・・・30分は経過しただろうか。やっと4人分のそばセットがテーブルに運ばれてきた。焦らされたぶんだけ目の前のソーキそばに心が奪われる。これも沖縄マジックなのか、一本取られた。
そして、食す・・・ ( ゚Д゚)ウマー!
麺はどん兵衛みたいでスープはあっさりめ。中に入っているデカい豚の骨付き角煮がかなり美味だった。


腹を満たしてパイナップルハウスを後にする一行。帰り際に店員から「姫パイン」という出来損ないの小さなパイナップルをもらった。現在消息不明

次はどこへ行こうかと思案する手前、ある問題が浮上する。今、自分以外のメンバーには酒が入っているのだ。このまま誰かに運転させると飲酒運転幇助で全員お縄になってしまうため、仕方なくペーバードライバーの俺がみんなの命を預かることになった。
なーに大丈夫、免許持ってるんだから運転くらいできるよ、多分。
よーし久々の運転席だ。ミラーを合わせ、シートベルトを締めて、いざしゅっ・・

ハンドブレーキが下ろせません

みんなの引きつる顔が目に浮かんだが、こんな時こそなんくるないさー。言いかえれば無責任艦長。こんな塩梅で始めのうちは不安定だったが、慣れてくると勘が戻ってきたので無難に運転することができた、と思う。


向かった先は「ひめゆり平和祈念資料館」。多くの犠牲者を出したひめゆり部隊の遺品などが展示されているそうだが、残念ながら閉館時刻を過ぎていたため館内には入れなかった。しかし、周りの塹壕を間近で見れただけでも訪れた甲斐はあった。
石碑に刻まれた痛々しい文章と、緑に囲まれたのどかな風景。このアンバランスな光景が長い時の流れを物語っていた。自然は蘇る。人はどうか。


辺りが真っ暗になった頃、ようやく宿泊先のホテルへ到着。

次回はホテルでのエイサーやその他諸々満載でご紹介します。お楽しみに!

DSC00417.jpg

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2005/03/07 (Mon) やっとこさ

アンリミテッド:サガをクリアした。プレイタイム40時間。長かった。

自分が選んだ主人公はルビィという女だったが、多分誰を選んでも最終的にやることは同じだと思う(多分)。ラスボスはクソ強くて一回負けてしまったが、これもサガということで頑張って闇に葬ってやった。しかしその後にエンディングらしきものが一切なく、主人公と下僕がイチャイチャしただけで『終』の文字。


クソが。


そして当たり前のように「一人目クリア」というメッセージ。


もうやりません。



このゲームのマイナスポイントは色々とあるんだけど、個人的に気になったのが、LPが減る仕組み。全然わからん。


兎にも角にもこれでゲームはしばらく封印しよう。
今週金曜の入院までに沖縄旅行記を完結させないといけない。頑張るかー。

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2005/03/06 (Sun) かりゆしの船出 vol.1 イントロダクション

【2月28日】

前日の昼から一睡もせずに朝を迎え、早朝の電車に乗って新大阪へ向かった。

バスで難波まで行くはずの予定が予約が取れなかったために面倒な道程になってしまったが、新大阪から伊丹空港へのシャトルバスを乗り継いで、なんとか10時過ぎにターミナルへ到着した。
軽食をしながら時間をつぶしていると他のメンバーも無事空港に到着。1ヶ月ぶりの再会であった。
受付でチケットをもらい荷物を預けてから、出発の時間までは飛行機の離発着が一望できるテラスで小一時間談笑する。

いつの間にか 彼女のいる二人といない二人 という構図になっていた。

出発の時刻が迫り、一行はサザエさん一家がエンディングで家の中に入って行く時くらいのスピードで飛行機に飛び乗る。
座席に腰を下ろしてシートベルトを締め、スッチーの笑顔を眺める。静寂・・・

滑走路を緩やかに走っていた黄色ポケモンは俄にスピードを上げ、ハトでは追いつけないくらいの速さになった。

いよいよ沖縄行きのポケモンジェット風船が宙へ舞い上がる。その瞬間、俺の腹を貫いたコスモ(小宇宙)はグラビガレベル5ぐらいの衝撃で十二指腸を掻き乱した。要するに気持ち悪かったです。

徐々に陸地から上昇して行く機体。見下ろせば地図のような景色が広がっていた。今まで自分はあそこにいたのだ。飛行機ってすごい。

感傷に浸るまもなく、機体はすぐに雲の上へと抜けて行く。一変して天上世界。雲の絨毯と永遠ブルーな空が素晴らしいコントラストになっていた。


・・・


2時間後、機体が下降を始めると雲の切れ間から姿を現したのはコバルトブルーの海原。


これが沖縄か

とうとう沖縄にきたんだな


那覇空港に降り立った瞬間、俺の回路はめんそーれモードに変わった。 

何もかもが うちなー・めんそーれ

そして空港からキャンプの目の前にあるレンタカー営業所に移動し、黄色のマーチを借りた一行は興奮気味に那覇の街へと繰り出すのであった・・・

DSC00237.jpg

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2005/03/04 (Fri) OKINAWA

夢のような四日間が終わった。


THE BOOM の島唄を聴いた時、自分の中に生まれた美しい島。


沖縄へ行ったのだ。


感動した。



*旅行記はシリーズで掲載します(*^ー゚)b

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